20210604

最近は過去の自分の文章を読み返している。

僕はあなたではないので、言葉を書き残すことしかできなかった。でも、あなたは僕ではないので、ここにある言葉はすべて、あなたのための言葉だよ。昨日歩いた道に実は立てられていた標識が、もしくは地元にいるときに遠くに見えていたはずの山並みが、ただそこに存在することしかできないように、僕もあなたも、すべての線は交わった瞬間に平行線。さよならは最初から決まっていて、もう二度と出会わないために恋をしました。

↑半年くらい前に最果タヒ展に行ったときに書いた言葉。もう二度と出会わないために恋をしました笑 言葉が強いね。自分が吐き出したものだから当たり前だけど、すごく自分に言葉がフィットする。でも書いたことすら忘れているから新鮮だ。

今週、日記を読み返していたときも思ったんだけど、忘れてしまった自分の言葉が一番面白い。何を書いてるのか分からなかったりもして、変わってしまったと思うときもあるけど、それもいいよね。忘れてしまった言葉があったこと、日記を書くことだけが思い出させてくれる。

思ったんだけれど、このはてなブログは日記じゃないよね。昔の日記には友達の名前とかが平然と出てきて、こんなことをした、あんなことをしたって書いてたけれど、ぼくはそういう文章ここでまったく書けてないです。なんでなんだろうな。一応日記っていう体裁はとっているのに、足りてない。ぼくはぼくの日常生活を発信に値するものだと思えていないのかもしれない。当たり前のことだけどね。友達の小林と電話したとか、井村という女の子と話したとか書いたとこで何を言ってるんだと思うだろうからね。そうなると、これは日記ではない。日記ではないならなんだろう。noteと何が違うのだろうということは一応明確にあるのだけれど、日記を書く空間は別で持ちたいなという気持ちもある。うん。というわけで、これからここに書くことは日記ではないです。ぼくにとってのツイッターみたいなところだね。というか、この場所は間借りしてるだけのはずだったんだけどな。おかしいな。