20201216

僕には、「とりあえずなんでもかんでも悲しんでおけばいい」と考える傾向があって、それはきっと、起こった感情の波を全部悲しみであることにしてしまえば、自己完結できて楽だったからだ。悲しみほど、自分の中だけで簡潔する感情はなかった。怒りや喜びと違って、明らかに内向きな感情だから、好きでした。自分に酔っているだけでよかった。それだけで誰にも迷惑なんてかけないし。でも、悲しみという感情も深くまで辿っていけば、ほんとうは、対外的な感情で、なぜなら僕たちの悩みはすべて人間関係とか、外側にあるものだからです(アドラーさんあたりが言っていた気がする)。この悲しみも、根っこを辿れば自分以外のものに対する感情なのだとすれば、僕はもっと外側を大事にしなくちゃいけない。あー、また抽象的な話になってしまった。

ストレッチをしまくっていたら、腰のあたりの動かし方が今まで左右非対称だったことに気付いた。いろいろいじっていたら、ちゃんと右と同じくらい左側も動くようになった。今まで、骨盤が歪んでいたりしたのだろうか。でもこれによって、なんだかすごく元気になった気がします。