20210513

カタシロを観た。TRPGの舞台版?で、主人公には脚本が与えられておらず、周囲の変化する状況に応じて、即興でロールプレイングする。

youtu.be

僕らが物語に英雄的な犠牲を求める理由を「人間が死の恐怖に打ち勝つという可能性を、人類が種として担保しておきたいから」と言った。すべての動物の中で、人だけが死という概念を知っていて、それに怯えていた。物語を生きたときだけ、僕らはある種の必然性によって死をそこにあるものとして受け入れることが可能になる。僕らが物語るのは、死ぬためだった。物語ることで、他人の中に宿りたい、と思っていたけれど、そんなものはきっと手段に過ぎなくて、ずっと死ぬための理由を探していた。僕の書いた言葉はぜんぶ遺書みたいなものだったよ。しぬこととみつけたり、が今年の目標だと書いたけれど、あれに似た何かでした。

と、そんなことだけじゃなくて、カタシロがほんとにすごく面白いよ。2日目くらいから、もう面白くないところがない。何だろう、演技どころじゃないんだよな。ドラマを演じることが、別人になりきることなのだとしたら、この舞台上にあるのはもう一つの可能性であって、役と、演者が半々で存在している。その絶妙な生々しさと、そこに他の演者が引き寄せられていくリアルタイム感。そのシーンが、脚本によってではなくその場で発生していることが分かるからこそ、そのシーンはまるで初めから決まっていたようにも見えてしまう逆説。もうね、最高です。